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おだろの言葉

「最近は不味い水が漏れ出すようになったよ・・・・・・
お前さんには、そんな水を飲んで欲しくないんだよ。
でも、きっと行ってしまうのだろうねえ・・・
せめて、わしが後からお迎えに行くよ・・・・・・」


輝く星々の中を、苔の生えた鱗に包まれた、その長大なおだろは泳いでいた。
苔についた水滴が、静かに煌いている。
その灰色がかった緑の右目は死にゆく者を悼む清い涙に濡れていた。
その薄い青の左目は未来ある者の先の道を優しく見つめていた。
おだろは、死の定めと、それとは違う定めを告げに、
深い闇の中に消えていった。

おだろは、その柔らかい苔の生えた背中に一匹の栗鼠を乗せていた。
その栗鼠は最早この世に属するものでは無くなっていた。

おだろは、その栗鼠に生前告げていた。
「歩むべき道を照らす希望の星にしろ、清い者の死を悼む流れ星であろうと、
どのような星をも見なかった次の日にだけは、愛する者に会いに行くな。」
と。
信心深かったその栗鼠は、おだろのその言葉に従う事にした。
愛する者にも、その事を告げ、理解してもらった。
そうして、つつましいながらも、幸福な日々は続いた。
やがて、おだろの告げた運命の日が来ても、
慌てる事なくおだろの言葉のままに過ごす事に決めていた。

おだろの言葉を忠実に守れば、
生命が自然に還るその時まで安らかに生きる事が出来るだろう。
おだろの言葉は、死に行く定めの者を救う言葉。
違えなければ、また広い草原で、自由気ままな風を称える歌を聴く事も出来る。

その日は雨の降る日だった。
おだろの忠告を守り、その栗鼠は自分の巣の中で丸くなり、
その日が過ぎ去るのを待っていた。
この日だけは、雨模様の外の景色も見ないように、巣の奥の方を見つめていた。
そこには、愛する者に手渡すつもりの団栗の首飾りがあった。
何も起きないまま、闇が世界を包み、明日の日にもう数刻もなくなってしまった時に、
その栗鼠は、仲間の栗鼠に、
自分の愛する者が自分の母の急病を治す為の薬草を取りに行き、
川の濁流に飲まれてしまった事を聞いた。
仲間達がひっぱり上げようとしているけど、上手くいかないのだと言われた。
その栗鼠は、川に向かっていった。
愛する者を安全な場所に押し上げる所までは、はっきりと覚えていた。
その後は、何も覚えていなかった。

おだろは、静かな優しさを込めた声で、栗鼠に栗鼠自身が死んでしまった事を告げた。
栗鼠が、おだろの忠告を守らなかった事を詫びようとする前に、
おだろは、栗鼠の行為は美しい行為だと褒め称え、
栗鼠を次の光の輪廻の輪の中に送る事を約束した。

おだろは全てを知っていた。
その栗鼠の愛する者は、本当に助けにいかなければ死んでしまったのか?
死に行く苦しみと、死に別れる悲しみ、どちらが悲しいものなのか?
しかし、おだろの口から栗鼠に告げられる言葉は優しいものだけであった。

おだろは、輝く満天の星の中を泳いでいた。
星空の中に、新しい生命に満ちた瑞々しい若葉に包まれた緑の星の息吹や、
黄金の色になるまでにその身を昇華する事が出来た稲穂が
風に吹かれた時にだけ歌う歌を聴きながら、
栗鼠は光の中に溶け込んでいった。

そしておだろは、また一匹、闇の中を飛んでいく。



赤い夕日に黒い影が一つ。
全てが破壊しつくされた廃墟の中に黒猫が一匹。
ボロボロの黒いコートを羽織り、錆びた銃を手にしていた。
傷だらけのヘルメットには、他愛も無いシールが貼りつけられ、
目だけが黄金に輝いていた。
おだろは、黒猫が歩く廃墟を浮遊していた。

おだろの瞳は、廃墟に転がっていた小さな雀を映していた。
この雀もまた、おだろの忠告を聞く事が叶わなかったのだ。
しかし、自分は死んでしまったが、
この雀の仲間は、
黒猫が愚物を殺害した事によって救われたのだ。
黒猫は、雀が命と引き換えにしてまで呼んだ助けだった。

おだろは知っていた。
雀は死なねばならなかったのか?
この街は黒猫でなければ救えなかったのか?
雀達は如何程に大きな輝きを失ってしまったのか?

しかし、おだろは力尽きて天冥の間を飛ぶ事になった雀に
優しく光の差す方向を指し示した。
そこには、何時かどこかで見た事があったかもしれない栗鼠がこちらを見ていた。
雀は心優しそうな栗鼠と仲良く光の渦の中に向かっていった。



黄金に輝く目を持つ黒猫には、
未だおだろの姿は見えていなかった。
何時か、彼の闘争の行き着く先で出会う事もあるのかも知れない。

黒猫は、雀の骸を街から少し離れた綺麗な樹の下、
この雀が命を懸けて護った仲間たちの居場所が見える所に埋めていた。
黒猫は自分に出来る限りの供養をし終えると、
汚れた手で涙を拭った。
彼はまだ、ほんの子供だった。

生き別れの姉に出会うまで、勝ち続ける事が出来るだろうか?
せめて、この雀のように願いを叶えてから死ねるのだろうか?
黒猫は、誰に見送られる訳でも無く、一匹闇に消えた。



人々がドロドロに溶かされ、肉の海を形成している。
酸っぱい鼻を突く臭いが、肉の海に充満していた。
その中に巨大な白鯨を簡単に丸呑み出来る程に
巨大な翼の生えた蛇のような肉塊が存在していた。

成層圏を浮遊する肉の海の中で、
巨大な翼の生えた蛇に似ている者、
数少ない仲間からは『センヤマ』と呼ばれる者は考えていた。
自分達の存在がやがて世界を革命的に変えてしまうだろう事、
故に今までの世界で生きてきた者達とは、
いつかどこかで決闘するだろう事、
そして勝つだろう事。

センヤマのごとき魔的とも言える強大な存在には、
おだろを見る事はたやすい。
そして、ただ、それだけの事だった。
おだろにしても、不死すら超える者にかける言葉は無かった。

しかし、センヤマが殺そうとする者には、
全て声をかける事になるだろう・・・



自然の意志の代行者として、
自然の摂理の代行者として、
古より地球を守護してきた魔導戦士の村、
『ボゴ』では、おだろを見かけた魔導戦士が続発していた。
村の指導者達は、魔導戦士達に
おだろの言葉を遵守するように徹底させていた。
そして、今現在おだろの言葉を受けていない魔導戦士達に、
この異常事態の究明を指示した。

緑の輝く若葉色の鬣を持つ、
土の幻想守護のライオンの魔導戦士マハリオは、
同じく水の幻想守護の狼の魔道戦士セイレンと共に、
未熟な魔道戦士達におだろの言葉を徹底させ終わったところだった。
この2匹の優秀な魔導戦士は、
何らかの啓示の到来と共に、旅立つだろう事を予感していた。
その旅は、魔殺の旅となるだろう・・・・・・



明かりを消した趣味の良い部屋の中、
星の輝きの元で、変色した写真を見ている者がいる。
その異形の姿は闇に紛れて見えなかったが、
その手に持つ写真の中の純白と漆黒の子羊は、
仲良く手を繋いでいた。
その者は、自分の部下の一匹がおだろを見たと聞き、
適切な指示を下した後、物思いに耽っていた。

「そう、私達もおだろから見れば、
懸命に生きる生命なのだ。
私は、救済してみせる・・・・・・
この命が尽きてしまう前に。」

まだ、この者の眼にもおだろが見える事は無かった。



おだろは、未来を知る。
あまりにも脆すぎて、些細な事ですぐに幾つもの欠片に分かれてしまう悲しい未来。
しかし、それには、時には小さな光が点る。
その光が、未来を照らす事もあるだろう。

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